棟方志功も愛した名店 十二段家

 5限の授業が終わったので、今日はもう用事がない。

 いや違う、昨日突然、旧友から「明日京都行くから泊めて」と連絡が来ているんだった。どうやら東京からの夜行バスで朝到着して、日中京都市内を観光した後に俺の家に転がり込む算段らしい。

 まったく、他人の家を民泊かなんかと勘違いしてるのか……?

 そういえば、「飯なにか食べたいものある?」と訊いたら「なんでもいい。京都らしいの」とリプライがあった。

 でたよ、そういうの。京都に来る旧友は大抵こういう”お決まりの返事”を返して来る。そのくせ後から「うどんはそんなに食いたくない」「高い」だのぐちぐち言うから厄介だ。

 帰省する時に何かお土産ありますかと訊いたら、必ず「木村屋のあんぱん」などと指定していた我が曽祖父を少しは見習ってほしい。

 兎も角、京都らしいといえばここだよなぁと言う店、「丸太町 十二段家」のリンクを送る。

 間を置かずに「いいね!」というクマさんのスタンプ。かくして現地集合と相成った。

 時刻は丸太町駅から丸太町通りを西に直ぐ行くと、友人がフラフラと歩いているのが見えた。

 声をかけると「店どこかわかんなかったわ」。

 無理もない。ただでさえお茶屋さんとビルに囲まれてわかりにくいのに、店の入り口が少し引っ込んでいて、おまけに扉の両側に灯篭のようなものが鎮座しているので、行ったことのない人には店だと認識しづらいだろう。

 僕は入り口の上についてる十二段家の突き出し看板を指差して、「あの文字、棟方志功が彫ったんだよ」と余計なウンチクを垂れながら入店した。

 店内に入るといきなり玄関のようなスペースが現れる。若女将の案内で、客はここで履物を脱いだあと、奥の居間にある座敷席かテーブル席にすすむ。玄関の扉を閉めると交通量の多い丸太町通りに面しているとは思えないほどの落ち着いた静寂が広がる。

 座敷席で胡座をかき、友人が「すげーなぁ」などと一通りの感想をこぼした後、メニューを選ぶ。僕はご飯に赤だし、だし巻に漬物盛り合わせのベーシックな「すずしろ」、友人は店構えの良さに興奮したのか、すずしろに刺身と季節の一品がつく豪華な「菜の花」を注文した。

 注文してまもなく、厨房の方からチャッチャッチャッと卵をかき混ぜる音が聴こえて来る。魅惑的なサウンドスケープに思わず耳をそばだてると、ほどなくしてそれがフライパンに流し込まれるジューッという音に変わり、感情のボルテージは最高潮に達した。

 恍惚としている間にテーブルの上には米びつとお吸い物、漬物盛り合わせとだし巻、鉄瓶に入ったほうじ茶が丁寧に並べられていた。

丸太町十二段家
〒604-0867 京都府京都市中京区常真横町 烏丸丸太町西入
京都市営地下鉄烏丸線丸太町駅徒歩2分
営業時間:11:30~14:30 / 17:00~20:00
定休日:水

文:放蕩息子

ANTHOLOGY KYOTO

京都の各所で様々なライター達が体験した体験記です。 これから京都を好きになる人、楽しもうと思っている人にとって、 この体験記が少しでも役立てればと思っています。

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